大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)11783号 判決 1995年11月22日

原告

坂口義臣

右訴訟代理人弁護士

山田正彦

谷雅文

被告

右代表者法務大臣

宮澤弘

右指定代理人

廣谷章雄

外八名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、平成七年六月九日、衆議院本会議においてなされた「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(以下「本件国会決議」という。)により耐えがたい精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、不法行為(国家賠償法一条一項又は民法七〇九条)に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

平成七年六月九日、本件国会決議が衆議院本会議においてなされたが、その全文は以下のとおりである。

「本院は、戦後五十年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる。また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いていかなければならない。本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。右決議する。」

二  争点

本件国会決議の不法行為法上の違法性

第三  争点に対する判断

一  国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定しがたいような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決民集三九巻七号一五一二頁)。本件国会決議は、国会議員が主体となり、衆議院の意思表明としてなされたものである点で右国会議員の立法行為と共通するので、本件国会決議についても右と同様に解すべきである。そして、原告主張をもってしても、右にいうところの例外的な場合に該当するとはいえず、本件国会決議が違法であるとするには十分でない。

二  原告は、第二次世界大戦において父が戦死し、それ以後原告の人生を精神的に支えてきたのは父が国のために戦いに行き、そして戦死したのだという自負心であったところ、本件国会決議はかかる原告の歴史観ないし信条と相いれない内容であり、原告の思想、良心の自由(憲法一九条)の侵害であると主張するが、原告が侵害されたと主張する権利ないし法的利益の内容は極めて主観的、不明確なものであり、不法行為法上保護されるべき権利ないし法的利益に当たらないとみるのが相当である。また、本件国会決議は、その性質上、個々の国民に対して、特定の思想、良心を強制等するものではないから、右決議により、権利ないし法的利益が侵害されるものではない。したがって、この点についての原告の主張は失当である。

また、原告は、本件国会決議に反対する者にとっては自己の意思に反する内容の決議のみが国の機関によって表明されていることになり、これは本件国会決議に反対する者の沈黙の自由(憲法一九条)を侵害するのみならず、思想、信条を理由とする不利益な取り扱いであって法の下の平等(憲法一四条)に反すると主張するが、本件国会決議に関して衆議院が個々の国民を法的に代表して意見表明したものではない(憲法四三条)から、この点についての原告の主張は失当である。

三  以上のとおり、本件国会決議は、いずれの点においても不法行為法上違法と評価することはできないから、原告の本訴請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤康 裁判官稲葉重子 裁判官山地修)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例